彼と私の性格 そんなにてきぱきと動かれたんじゃ、私、動けないじゃない。 私の仕事の相棒であるパソコンをわざわざ修理しに、別の会社から来てくれた早川の背中を見ながら、私は小さなため息をひとつ吐いた。 いや、別にそんな私を尻目に黙々と作業し続ける目の前の男のことを怒ってるわけじゃない。そんなことがお門違いなのは馬鹿でもわかることですし? ただ、仕事をしているときの早川の姿勢はあまりに出来が良すぎているから、こっちが気を遣って動くことも彼にとっては邪魔なものでしかないかも知れない。というか、邪魔なのだろう。邪魔に違いない。……自分で云っておいて何だけど、自己嫌悪だわ。 差し支えない程度に声をかけてみた。 無視。 はいはい。そんな反応が返ってくることぐらい判りきっております。だから、それ以上は何も云わない。 早川という男は仕事中、必要以上の会話を一切しない。彼曰く、「意味がない」からなんだそうだ。ゆえに、職場では口数は少なく、また、毅然とした態度とインパクトのある律儀さと真面目さから、なにやら近寄り難い存在になっているらしい。ある種、可哀想な奴。 更には、一人暮らしだから家に帰っても話をする人はいない。犬もいない、猫もいない。マンション住まいだからか、煩わしいだけだからか。つまり、彼に日常的な会話は殆どないのだ。尤も、私も似たような環境下にあるけれど、金魚と亀がいる分、早川の家よりは賑やか……な、はず。 こういう人間は、他人から苦手意識を持たれやすい。さっきも云った通り、彼は職場の人間――或いは彼と、関わるある程度の人間――から、嫌われているわけではないが、確実に遠巻きには見られている。 正直なところ、私にはそこが理解できなかったりする。 早川にとって、やることが仕事しかないのか、やること全てを仕事と認識しているのか知らないが、とにかく仕事に一途だ。彼の家がどんなもので、彼がどういう育てられ方をしてきたかなんて、仕事の関係で付き合いが始まった程度の私には見当もつかない。けれど、頼まれたことは順番に、期限通りに、スマートにこなす彼のスタイルが、有能さを求めた社会で受け入れられないのはどうかしていると思う。多分、矛盾とは理屈を越えた先にあるんだろうなぁ。今日だって、パソコン修理してくれって、普通に出勤すべき平日に云ってくる友人――で良いのかな――の依頼にも、仕事終わりにスケジュール調節してきてくれたわけだし。一応、私も至れり尽くせりってことで、早川に頼まれたことはちゃんとやるけど、それと云ってもたいしたことではないし。 要するに、早川はただ素直なだけなんだと思う。 ところで、さっきも云ったけど、早川は一人暮らし。当たり前だけど結婚もまだなのだ。しかし彼だってもう……えっと、もう……。 「早川、あんたいくつだっけ?」 そしてまた、私の言葉は虚空を彷徨い、姿なく消えた。 まぁ良いや。早川は結構いい年のはずだ。自分の情報なんて殆ど口にしない奴だからよく知らないけど、見た目で判断すれば二十代も半ばくらいか。私が今、二十七歳だから、二三歳年上ってとこだろうかな。……二十代後半じゃん。 外見の話を云えば、早川のルックスは悪くない。というか、寧ろ良い方だ。そう思っているのは絶対私だけではないと思う。所謂イイ男≠フ基準が顔だとしたら、彼は確実にクリアしているんじゃないだろうか。それでいて、真面目でしっかりしてて、今のところ私の知る限りでは車の運転以外は何でもこなす。パーフェクト人間じゃんよ。 ……パーフェクト人間? うわぁ、何だかすごい違和感。だけどそんな感情って、何かを気付かせるものよね。 周りが彼を受け入れないのは、彼が自分たちの持っていないものばかりを持っているからか。いや、思い込んでるのかな。 やっぱり、パーフェクト人間、っていう言い方は嫌いだわ。わざとじゃないけど、早川を馬鹿にしたんだなぁ、今。ごめんなさい。 そういう見方するのは、時代の流れの被害者。 早川を普通と違ったように敬遠する周りも。 全てにおいて必要性を求める早川も。 でもそれって、同時に加害者でもあるんだな。 駄目だ。段々ワケわかんなくなってきた。コロッと考えを変えてみようっと。 「早川ってさぁ、結婚しないの?」 頭の中が混乱してきたのをきっかけに、とりあえず声をかけておく。やっぱり私の声は発せられたまま放っておかれた……と、思ったら――。 「笹部」 おー。すっごく久しぶりに声を聞いた。 「質問事項に統一性がない」 全くだ。 「あんたが喋ったということは、終わったのね?」 「そんな不確定な法則で決定付けるのは危ないぞ」 「じゃあまだ終わってないと?」 「いちいち極論だな」 「結局どっちなのよ」 「終わった」 早川との会話は何れも短文ばかりなくせに、結論までがえらく遠回りになる。これって要領良いって云えるわけ? まぁとにかく、終わったということは直ったということと同意であるとして、起動チェックをする。 「おぉ、動いた! 機械音痴でパソコンのことなんて殆ど何もわからない私ですらヤバいと思えるほどに危うく、もう助かりっこないと思っていたのに! ありがとう。助かりましたぁ」 私がやけに説明的な論弁をしている傍らで、うるさいとすら云ってくれない冷血漢は、もう会社へ戻るための準備を始めていた。 次から次へと、いちいち行動が素早い。
「ところで」 このまま直帰するという早川を自宅まで送り届けるため、フロントロビーまで来たとき、珍しく彼は自分から話を切り出した。 「んー?」 「お前、俺の年齢なんか聞いてどうするんだ?」 年齢って……あぁ、ちゃんと聞いてたの。私は忘れてたわ。
驚くという感覚を忘れて驚いているというか、そんな器用なことが自分にできるなんて思わなくて驚いた……じゃなくって、何云いだすんだ、こいつ? 「あんたって、そういう冗句も云える人だったのね」 「いや、そんなつもりはなかったがな。互いの理解にすれ違いがあったようだ」 「何がだ?」 私も案外、無頓着。 |
彼と私のシリーズ『彼と私の性格』より